成人向けの題材を含む作品を扱う評論です。性的題材は映画史と映像表現の文脈から非露骨に論じています。
神代辰巳の『四畳半襖の裏張り』は、永井荷風作といわれる『四畳半襖の下張り』を着想源に、成人の親密さを都市風俗のなかで組み替えた作品である。日活が資料で示すように、1973年の初期日活ロマン・ポルノに位置づけられ、神代自身が監督・脚本を担った。日本での劇場公開日は1973年11月3日であり、制作年だけを根拠に公開時期を曖昧にしてはいけない。ここで重要なのは、ジャンル名を刺激の記号として消費せず、映画がどのように見ること自体を設計しているかを問うことだ。[1][2]
密室を組み立てる視線と音
題名が指し示す四畳半と襖は、単なる舞台装置ではなく、視線を配分する編集装置として働く。限られた寸法は人物を近づける一方、退出の可能性や沈黙の逃げ道を狭める。襖の面、柱の垂直線、部屋の奥行きが画面を小さく分割することで、見えている関係の外側に、見られることを拒む領域が残される。撮影を担当した姫田真佐久の画面を読むとき、親密さは柔らかな接近ではなく、境界線の反復として立ち上がる。観客は覗き見る位置に置かれながら、その位置の特権性も同時に意識させられる。[2]
音響は、この密室を完全に閉じた箱にはしない。会話の間、声の調子、衣擦れのような近接した気配と、室外から届くざわめきが互いに干渉し、画面に映らない社会の存在を持続させる。沈黙もまた、感情の純粋さを保証する空白ではない。誰が話題を選び、誰が応答を待たされ、誰の声が場を支配するのかという、交渉の時間を可聴化する余白である。音が視線の死角を補うため、観客は人物の表情だけで関係を判断できず、言葉の遅れや途切れから権力の偏りを推し量ることになる。神代の演出は、見ることと聞くことのずれを緊張へ変えている。
語りの中心にいるのは、遊び慣れた中年男と、初めて出会う芸者の袖子である。しかし作品は、二人を相互理解へ向かう恋愛の組として安定させない。部屋に入る前から人物は職業、年齢、経験、金銭をめぐる期待を背負い、親密に見える場面にも演技と取引の規則が入り込む。袖子を受け身の象徴に固定してしまえば、物語は男性の欲望を中心に再編される。だが、視線の切り返しや場面の間合いは、その一方向性をたびたび露呈させ、演じることが生存の技術である可能性も残す。強制や非対称な関係を美談にせず、誰が選択肢を持ち、誰が役割を引き受けさせられるのかを批評の中心に置くべき作品だ。[1]
ジャンルの内側にある権力
大正期の気配は、古風な意匠を楽しむためだけに置かれてはいない。芸者をめぐる社交の形式、男性客の消費する時間、そして女性が自らの身体ではなく役割を通して評価される仕組みが、同じ空間に重ねられる。ここで歴史は背景画ではなく、親密さの値段と可視性を決める制度として機能する。日活ロマン・ポルノという商業的な製作枠に属するからこそ、作品は成人向け表現を市場の期待から切り離せない。その制約を隠すのではなく、画面の居心地の悪さや滑稽さへ変換し、観客の欲望にも責任を返してくる。公式解説が「大正時代の雰囲気」と記す要素を、懐旧ではなく階層とジェンダーの歴史として読み直すことが、今日の批評には必要である。[1]
『四畳半襖の裏張り』の価値は、成人向け映画を刺激の消費へ閉じ込めず、映像の形式そのもので「誰が見る側に立つのか」を問い返すところにある。構図は視線の境界を作り、音は密室の外部を呼び込み、語りは恋愛という便利な言葉から人物を解放する。そこで生まれるのは、無垢な親密さの物語ではなく、親密さが制度、金銭、演技、沈黙によって組み立てられるという認識だ。神代辰巳の演出は、快楽を道徳的に裁くのでも、無条件に肯定するのでもなく、見る行為に伴う権力を観客へ戻す。日活の初期ロマン・ポルノ史を考える上でも、本作はジャンル名の内側にある矛盾を、狭い部屋のなかで鮮明に可視化した一作として残る。[1][2]
参考資料
作品情報は以下の資料を参照しています。
