日本の成人向け映画史20選 · 日活ロマンポルノ · 密室の情念と社会の視線 · 1975

閉ざされた愛の構図――『実録 阿部定』論

田中登監督の『実録 阿部定』を、密室の構図、音の設計、反復する時間、事件をめぐる報道と権力の視線から読み解く。日活ロマンポルノの歴史的位置を考察する非露骨な映画評論。

成人向けの題材を含む作品を扱う評論です。性的題材は映画史と映像表現の文脈から非露骨に論じています。

一九三六年の阿部定事件を題材にした『実録 阿部定』は、出来事を異聞として消費するのではなく、個人の情念がどのように社会の視線へ組み込まれるかを問う作品である。日活ロマンポルノの制作枠に置かれながら、事件の知名度に寄りかからず、閉じた関係の時間を映画の持続として組み立てる。成人向けの題材を扱うからこそ、ここで重要なのは刺激の強さではなく、誰が誰を見つめ、誰の言葉が出来事の意味を決めるのかという視線の政治学だ。日活ロマンポルノ公式作品データベースによれば、日本初公開は一九七五年二月八日、監督は田中登である。[1]

事件を見世物にしない視線

田中が置く歴史の背景は、事件を個人の奇談に閉じ込めないための大きな圧力として働く。日活の公式解説は、昭和十一年の思想弾圧、右翼や若い軍人によるテロ、二・二六事件へ向かう不穏な空気と、その一方で新聞が事件を派手に報じた状況を並べている。[2]この対比によって、私的な関係を裁く社会のまなざしもまた、時代の権力と無縁ではないと分かる。報道が作る「異常な女」という像に対し、映画は定の孤立と欲望をただ免罪するのではなく、国家的な緊張の陰で消費される個人の物語として置き直す。事件のセンセーショナルな輪郭より、語る制度そのものの暴力を見せる点に、作品の批評性がある。

映像の中心にあるのは、待合という限られた室内を何度も見直す構成である。襖や柱、低い寝具、壁際に置かれた物の線が、人物同士の距離を測る静かな定規になる。フレームの内側で身体の位置が少し変わるだけでも、親密さは慰めから拘束へ、同席は対等さから監視へと意味を変える。外界を切り落とした構図は二人だけの時間を濃くする一方、出口や第三者の気配を遠ざけ、逃げ場のない権力関係も可視化する。部屋は恋愛の避難所であると同時に、感情を所有へ変えてしまう装置だ。田中は密室を美しい背景として飾るのではなく、愛を語る言葉が相手の自由を狭める瞬間を、空間の圧力として画面に残している。

音の設計もまた、情念を単純な高揚へ導かない。坂田晃一の音楽は、場面を一義的に説明する道具としてではなく、画面に残る沈黙や生活音との距離のなかで、感情の揺れを測る薄い層として機能する。襖の開閉、足音、室内の気配のような小さな音が、会話の意味を補うというより、言葉では処理できない緊張を持続させる。物語もまた事件の結末へ一直線に急がず、同じ部屋、同じ相手、似た身振りが反復される時間を通じて、関係の偏りを少しずつ露呈させる。反復は官能の増幅ではなく、判断力と距離感が失われていく過程の形式化である。観客は出来事を覗き見る位置に置かれながら、見ること自体が他者を消費する行為になりうると気づかされる。

密室の美学と権力の揺らぎ

宮下順子の定は、新聞や世間が作った異形の女という像から距離を取り、働く場と経済的不安を抱えた一人の成人女性として画面に立つ。彼女の選択は自由意志だけでも、環境の犠牲だけでも説明できない。愛されたいという願いが、相手を自分の世界に留めたいという欲望へ傾くとき、映画はそれを無垢な純愛として飾らず、相手の優位、周囲の監視、自己決定の揺れを同じ画面に置く。終盤の暴力も、情熱の証明や美しい破局として浪漫化されない。むしろ親密さの内部に潜む支配と、社会が女性の欲望を面白がって消費する二重の暴力が、互いに照らし出される。定を英雄にも被害者にも固定しない曖昧さこそ、人物を事件の記号から救い、観客自身の判断を不安定にする演技の力である。

キネマ旬報掲載の批評が、田中登を「これだけ女を表現できる」監督として評価したことは、本作がジャンル映画の枠を借りながら、人物の複雑さをそこから掘り出したことを示す。[3]そこにあるのは、事件の再現を装った説明ではなく、歴史が女性の欲望をどのように分類し、映画がその分類をどこまで揺さぶれるかという問いである。日活ロマンポルノという制度的な枠は、作品を商品として届ける条件であると同時に、表現の境界を試す緊張でもあった。本作はその緊張を隠さず、密室の構図、沈黙を含む音、反復する時間、宮下の揺れる人物像を結び合わせる。今日見るべきなのは、愛を所有へ変える視線を美学がどう露呈するか、そして観客がその視線から距離を取れるかである。

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. 日活ロマンポルノ公式サイト
  2. 実録阿部定 | 映画 | 日活
  3. 【あの頃のロマンポルノ】第4回 日本映画批評「実録 阿部定」その1

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台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

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