日本ホラー名作20選 · 罪と怨念 · 1959

『東海道四谷怪談』――赤い画面に残る責任

鶴屋南北の怨霊譚を中川信夫が色彩と悪夢のリズムで映画化。お岩の恐怖を、裏切りと取引の関係が残す責任の物語として読み直す。

『東海道四谷怪談』は、幽霊が出てくるから怖いのではなく、隠された加害が画面の表面へにじみ出てくるから怖い。1959年、新東宝で中川信夫が撮ったこの作品は、77分のカラー映画であり、鶴屋南北の歌舞伎狂言を土台にした怪談映画の集大成として国立映画アーカイブに紹介されている。[1] ここでの「怪異」は現実の反対側にあるのではない。人が人を道具として扱った瞬間、日常の手触りに入り込んでくる、消せない残像である。この残像は、画面の奥から飛び出すより、画面そのものの美しさに寄生する。

色彩がひらく怨念

物語の骨格は、浪人の民谷伊右衛門が恋人お岩の父を斬り、江戸へ向かったあと、別の縁と出世のために妻を邪魔者として扱い始めるというものだ。[1] BFIが記すように、これは1825年の鶴屋南北の歌舞伎に基づく有名な怨霊譚であり、復讐の仕掛けだけでなく、裏切りと殺人が生む罪悪感を抱えた物語でもある。[2] 先の展開を知っていても、伊右衛門の選択が一つずつ戻れない場所へ彼を運ぶ、その遅い傾斜に息が詰まる。怨霊は、死者が生者の世界へ戻る装置というより、生者の世界が死者を追い出せなかった証拠なのだ。

中川の演出で印象的なのは、色が背景ではなく、感情の圧力として働くことだ。35ミリ・カラーの画面は、衣裳や室内の装飾を美しく見せながら、その美しさを逃げ場にしない。[1] 家の奥、旅の道、閉じた部屋は、人物を守る場所から視線の檻へと変わっていく。国立映画アーカイブが、終盤の画面全体を赤く染める現像上の特殊効果が再現されたニュープリントに触れているのも、この映画の色が単なる彩色ではなく、罪の可視化に近いからだろう。[1] 赤は血の記号にとどまらず、見ている側まで逃げ場なく包む、記憶の温度になる。

天知茂の伊右衛門は、最初から怪物の顔をしているわけではない。むしろ人当たりのよさや弱さを残したまま、他者を交換可能なものとして見る目だけが少しずつ露出する。その微細な変化が、彼を罰する幽霊を単純な超自然の敵ではなく、彼自身の判断が作った鏡にする。若杉嘉津子のお岩についても、恐怖は「死者が動く」ことだけから生まれない。BFIが指摘する身体ホラーの長い場面や、罪に追われる悪夢のような幻視は、傷つけられた身体が沈黙をやめる瞬間として迫ってくる。[2] お岩の姿は、見る者の同情を誘うだけでなく、誰が彼女をその姿にしたのかという問いを画面に置き去りにする。

生者に返る代価

77分という短い尺のなかで、映画は説明を積み上げるより、出来事の間にある空白を急に暗くする。[1] そのリズムは、静かな暮らしから惨劇へ、現実から幻視へと観客の足場を切り替える。渡辺宙明の音楽、西本正の撮影、黒沢治安の美術というスタッフワークが、歌舞伎由来の大きな型を保ちながら、画面を過剰に説明しない。[1] 音が鳴るたび恐怖を知らせるのではなく、音のない間にすでに何かがいると思わせる。その余白こそが、派手な見せ場の後まで残る。編集の速さよりも、切り替わったあとに戻れない感覚が、この作品の時間を濃くしている。

この作品を古典として見るとき、幽霊は過去から来る訪問者ではなく、社会が見なかった代価そのものに見えてくる。BFIは、江戸時代の女性の生活と財産が結婚によって左右され、この映画が取引のような関係の現実の代償を描くと述べている。[2] だから『東海道四谷怪談』の恐怖は、お岩だけを異形にして終わらない。欲望を正当化する男の世界、そこに合わせて沈黙を強いられる身体、そして忘れたふりをする日常までを、同じ赤い光の下へ引きずり出す。中川信夫の映画は、怪談を「死者の話」から「生者が残した責任の話」へ反転させる。その反転が、いま見ても古びない。古い物語を保存するのではなく、観客の現在へ責任の請求書として返してくるからだ。

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. 東海道四谷怪談
  2. 10 great Japanese ghost stories

10eKokoroが書いています

台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

10eKokoroについて
10eKokoro's Dreamのサイトバナー:フィルムカメラ、ノート、コーヒーのある静かな机