東宝が1958年6月24日に公開した本多猪四郎監督作『美女と液体人間』は、英題の『The H-Man』よりも、日本語の題名が先に不穏な詩情を帯びている。公式記録でも初公開日は1958年6月24日、公開情報は東宝、監督は本多猪四郎と確認できる。[1]美女と液体、二つの異質なものを並べた言葉は、身体が人間であることをやめる瞬間だけでなく、都市の日常そのものが別の相に滑り出す感触を予告する。これは怪物を遠くから眺める映画ではない。身近な部屋や道路に、説明できない空白が開いていく映画だ。
空白を残す身体
雨の夜、麻薬を盗んだギャングが衣服だけを残して消える。化学者の政田がその男の足跡を追うと、南方海上の水爆実験が事件の背後に浮かび上がり、ゼリー状になった人間が次々と人を襲う――Apple TVの紹介は、この発端と作品が「東宝変身人間シリーズ」第1弾であることを伝えている。[2]しかし本作の面白さは、科学捜査の手順が怪奇へ反転する、その境目にある。刑事映画のように物を一つずつ確かめていた画面が、いつの間にか物質の形そのものを疑い始める。事件を解くとは、犯人を特定することだけでなく、消失という現象に言葉を与えることになる。
この映画で最も鮮烈なのは、液体人間を見せる場面より、消えた人のあとに残る服である。Film Quarterlyが指摘するように、衣服は通り、階段、布団へと置かれ、そこから抜け落ちた身体を想像させる。[3]編集はその空白をすぐに埋めず、残骸と視線のあいだに時間を置く。だから恐怖は、何かが現れる驚きではなく、そこにいたはずの人を画面が保持できなくなる感覚として迫る。服は人物の代用品であり、同時に人物を消してしまうフレームの縁でもある。観客の目は、見えない身体を探すほど、見えている物の頼りなさに気づかされる。
水爆実験は、ここでは遠いニュースではなく、肉体の境界を内側から崩す原因として置かれている。Apple TVの作品紹介は、政田が男の水爆実験現場への接近を突き止める筋立てを示し、Film Quarterlyも水爆が船員を水のようなスライムへ変える1950年代SFの恐怖を論じている。[2][3]それでも本多は、核の恐怖を大仰な説教にしない。雨、夜、地下の暗がり、濡れた路面の反射へと恐怖を分散させる。そのため「災害」は空から落ちてくるのではなく、都市の表面からじわじわ染み出してくる。濡れた東京は、出来事を映す鏡であると同時に、何かを隠す薄い膜にも見える。
雨の都市に染み出す恐怖
政田を演じる佐原健二と、千加子を演じる白川由美が置かれるのは、怪物退治の英雄譚というより、説明を求める者と、説明の外側へ押し出される者のあいだである。Apple TVのキャスト欄でも、佐原は政田教授、白川は新井千加子として記載されている。[2]二人の表情が大きく誇張されないぶん、会話の背後にある沈黙が残る。政田の理知は世界を元に戻す鍵になりそうで、液体という現象はその鍵穴自体を溶かしてしまう。人間を守る知性と、人間を分類し直す知性。その細い差が、人物たちの立つ室内を不安定にする。この抑制された演技があるから、異形は画面の外の大事件ではなく、隣人の輪郭に忍び寄る。
『美女と液体人間』は、SF、サスペンス、特撮という分類を一つに閉じ込める作品ではない。allcinemaが示す87分の短い尺と、Apple TVが紹介する変身人間シリーズの出発点という位置づけは、物語の速度と企画性を伝える。[1][2]だが、見終えたあとに残るのは設定の奇抜さより、輪郭を失ったものをなお人間として呼び続けようとする声である。液体は形を持たないから怖いのではない。形がなければ、誰の責任か、どこから来たのか、どこまでが自分なのかを決められないから怖い。本多猪四郎の静かな異形譚は、その曖昧さを雨の東京に長く留める。見えないものを恐れる映画が、最後には見るという行為そのものを問い返してくる。
参考資料
作品情報は以下の資料を参照しています。
