日本の成人向け映画史20選 · 日活ロマンポルノ(時代劇コメディ) · 明るい時代劇コメディと制度批判の二重性 · 1972

笑いの廓、揺らぐ権力――『(秘)女郎市場』論

曽根中生監督『(秘)女郎市場』を、廓の構図、笑いの音響、日活ロマンポルノの歴史と権力関係から読み解く非露骨な映画評論。

成人向けの題材を含む作品を扱う評論です。性的題材は映画史と映像表現の文脈から非露骨に論じています。

日活公式資料が示す公開日は1972年9月16日であり、監督は曽根中生である。[1]製作年の数字だけを作品の起点にせず、劇場公開の時点に戻って見ると、本作はロマンポルノ路線がまだ既成の枠を探っていた時期の、軽快で異様な実験として立ち上がる。江戸の廓という古い制度を借りながら、当時の観客に向けた笑いと速度を注ぎ込み、時代劇を保存された風俗画ではなく、現在の欲望が反射する装置へ変えている。過去を再現するふりをして、実際には見る側の道徳や好奇心を舞台上へ引きずり出す。その二重性こそが、単なる時代色や題材の珍しさを越えて本作を生かしている。

廓を舞台にする映像

国立映画アーカイブは、日活製作、荒木一郎原作、田中陽造脚本、高村倉太郎撮影、川原資三美術、多摩零音楽という本作の骨格を記録している。[2]短い上映時間とカラーの35ミリ画面は、説明を積み重ねるより、人物の出入り、視線の衝突、場の空気の急変を連ねる形式に向く。画面は廓を写実的な背景として固定せず、仕切りや通路を可変の舞台にし、誰かが入るたびに関係の配置を組み替える。そこに曽根の喜劇的な省略が働き、社会の仕組みまで一瞬の身振りとして見えてくる。美術は閉鎖を示しながら、撮影はその閉鎖を横切る動線を確保する。空間そのものが、所有と逃走のせめぎ合いを語るのである。

ラピュタ阿佐ケ谷は本作を「曽根中生初期の代表作」「底抜けに明るい時代劇ポルノ」と紹介する。[3]その明るさは、苦境を覆い隠す単純な楽天性ではない。物語は、お新を中心に楼の者、客、仲介する男たちの思惑を束ね、ひとりの運命を直線的な成長譚にしない。失敗や行き違いが反復されるたび、人物は制度から逃げるのではなく、制度の言葉を別の方向へ曲げてしまう。ナンセンスな展開は筋を散らすためでなく、支配がいつも完全には届かない隙間を、笑いのリズムとして可視化する。明るさは悲惨さの反対側に置かれず、悲惨さを見続けるための持続力になる。だから観客は人物を哀れむだけでなく、彼らが状況を演じ返す瞬間にも立ち会える。

構図の要点は、女郎たちの集団と男たちの算段を同じ空間に置き、誰が誰を動かしているのかを絶えず揺らすことにある。中心人物を画面の中央へ安定させるより、脇からの介入や横並びの反応を重ねることで、廓は一対一の恋愛劇ではなく、複数の視線が人を値踏みする市場として立ち現れる。それでもカメラは制度の側だけに留まらず、お新の予測不能な反応を群れの秩序からはみ出す運動として受け止める。華やかな色彩と時代劇の身振りは、閉塞を飾るためだけでなく、役割が演じられるものだという事実を強調する。人物の位置が少し変わるだけで、保護する者と利用する者の境界も反転する。画面の奥行きは心理の深さというより、権力が移動する経路として機能している。

笑いが露出させる制度

音の面では、多摩零の音楽と台詞の調子が場面の切り返しを押し進め、深刻さをそのまま沈黙へ落とさず、笑いへ転調する回路をつくる。軽い調子が続くほど、売買やしつけによって人格を型にはめる仕組みの冷たさが、かえって耳に残る。ここでお新の無垢さは、観客が安心して消費するための性質ではない。彼女を「教える」側の言葉が、実際には利益と所有を正当化する命令であることを、物語の反復が露呈させるからだ。笑いは解放そのものではなく、権力が自分の矛盾を隠しきれなくなる瞬間を照らす、両刃の演出になっている。声の調子が場を支配する一方、応答のずれや沈黙がその支配を空転させる。観客は台詞の意味だけでなく、誰が発言を許され、誰の言葉が冗談に変換されるのかを聞くことになる。

今日の鑑賞では、公式紹介にある明るい時代劇ポルノという呼び名だけで作品を閉じないことが重要である。片桐夕子のスター性を前面に置く産業的な視線と、そこからこぼれる人物の抵抗や連帯を同時に読む必要がある。日活ロマンポルノの商業的な速度は、性をめぐる題材を消費可能な形式へ整える一方、既存の男女関係や身分秩序を茶化し、可変のものとして見せる余地も生んだ。本作の価値は、抑圧を笑いで無害化することではなく、笑いが制度の輪郭を露出させ、観客自身の見物する位置まで問い返す点にある。現代の倫理から距離を取って無邪気に称賛するのでも、題材だけで退けるのでも足りない。快活な形式が含む消費の圧力と、そこに生じる小さな撹乱を併せて読むとき、本作は映画史のなかでなお不穏な輪郭を保つ。

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. (秘)女郎市場 | 映画 | 日活
  2. (秘)女郎市場|所蔵映画フィルム検索システム | 国立映画アーカイブ
  3. 日活ロマンポルノ時代を疾走した、性愛のアナキスト─曽根中生 異端がいく/ラピュタ阿佐ケ谷

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台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

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