フォークホラー映画ノート · 喪失と共同体の救済を描くフォークホラー · 喪失と恋愛の崩壊を、架空の共同体と生贄の儀式から描くフォークホラー · 2019

『ミッドサマー』レビュー:喪失と共同体が咲かせる、生贄の祝祭

2019年のフォークホラー『ミッドサマー』を、喪失と恋愛の崩壊、架空のHårga共同体、明るい映像設計、生贄の儀式が映す救済と暴力から読む。日本公開は2020年、対象版は147分の劇場公開版。

『ミッドサマー』(Midsommar)はアリ・アスター監督の2019年作。米国公開年を作品年とし、日本では2020年2月21日に147分の劇場版が公開された。171分のDirector's Cutとは別版である。[1] [2]

光の祝祭が映す、喪失と恋愛の崩壊

家族を失ったダニーと、すれ違う恋人クリスチャンは、スウェーデンの夏至祭へ向かう。喪失が旅の入口になり、崩れた関係が異郷の祝祭で露わになる。[1] [3]

闇に頼らず、昼の白さと花の色、揃う衣装や集団の動きで恐怖を育てる。開放的な野原は、視界が明るいほど逃げ場のない舞台へ変わる。[3]

Hårgaは映画が作った架空の共同体であり、現実のスウェーデン民俗の見本ではない。夏至祭の意匠と、村が強いる規則を区別して見る視点も必要だ。[4]

共同体の救済と、生贄の論理

村人がダニーの悲しみに同調すると、孤独は一時ほどける。しかし共感は、村の判断に従う圧力とも結びつく。居場所は救いであると同時に統制だ。[3] [4]

生贄は刺激的な儀式ではなく、共同体が秩序と帰属の名のもとに誰の身体を差し出すか決める論理として描かれる。ダニーの表情には解放と不穏さが重なり、救済が犠牲の代価と切り離せないことを示す。恐怖の後味を残すのは、共感や家族への欲求が支配へ変わる瞬間まで見つめるからだ。[3] [4]

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. Midsommar
  2. ミッドサマー
  3. Midsommar review – outrageous black-comic carnival of agony
  4. Myth-busting Midsommar: why today's shockers need to do more with folk horror

10eKokoroが書いています

台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

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