成人向けの題材を含む作品を扱う評論です。性的題材は映画史と映像表現の文脈から非露骨に論じています。
日本での初公開は一九七六年十月十六日。大島渚が一九三六年の阿部定事件を手がかりに、フランスの製作者アナトール・ドーマンらと組んで完成させた日仏合作映画である。ここで重要なのは、事件の奇異さを再現することではない。大島は、社会から切り離された二人の時間を極端に凝縮し、愛情、所有、死が同じ場でせめぎ合う状態を映画の形式へ移した。製作年や海外での上映・評価の年、後年の修復版の公開年と混同せず、日本劇場で最初に公開された年を本作の年として位置づけたい。[3][1]
密室の造形と時間のリズム
大島の画面は、出来事を大きく見せるより、部屋そのものを心理の装置に変える。低いカメラ位置で捉えられた座敷や廊下は、二人を包む親密な殻であると同時に、出口のない檻でもある。襖、畳、寝具、衣服の色面が画面の境界を細かく区切り、人物の移動を制限することで、自由を求める身振りがいつも空間の規則に跳ね返される。広い外界は断片的にしか現れず、密室の反復が時間の感覚まで変えていく。恋愛の高揚は表情の説明ではなく、同じ構図の差異と、近づきながら離れられない距離の設計として持続するのである。[2]
その反復は、物語を直線的な成長譚にしない。大島は二人の過去や社会的背景を長く説明するかわりに、部屋、視線、衣服、呼びかけの調子を少しずつ変え、関係が親密さから執着へ傾く過程を観客に読ませる。会話は告白というより、相手を確かめ、役割を入れ替え、境界を試す行為として響く。三木稔の音楽と、襖越しの声、足音、室内の生活音は、映像の閉塞を補強しながら、画面外にいる社会の存在も消さない。女中や芸者の気配が時折入り込むため、二人だけの世界は完全な幻想にはならず、他者の視線を受ける公共的な出来事として揺らぎ続ける。
撮影済みのネガをフランスへ送り、現像と編集を行った製作体制は、作品の主題と切り離せない。日本で撮影された親密な空間が、別の国の現像・編集と国際的な配給を経て観客に届く一方、日本国内で最初に公開された版には大幅な修正とカットが施された。つまり本作の歴史は、自由な表現を求める作家と、何を見せるかを決める制度との交渉そのものでもある。画面の欠落は単なる不完全さではなく、検閲が映画の物質、流通、観客の想像力にまで介入した痕跡だ。作品の外側にある法と配給の権力を考えなければ、映像の大胆さだけを消費することになる。[1]
検閲、視線、映画史の境界
定と吉蔵の関係は、既成の道徳や家族制度から離脱する情愛として強く映る。しかし、それをただ自由の勝利として称えることはできない。定の主体性を中心に据えながらも、女性の欲望を伝説化し、異常な事件として見世物化してきた社会と、男性監督の視線が同じ画面に重なっているからだ。周囲の女中や芸者の反応は、二人の密室を無垢な楽園にしない。彼女たちは労働、階層、奉公という現実を背負い、恋人たちの選択が誰の負担の上に成り立つのかを照らす。結末へ向かう暴力的な変化も、愛の完成としてロマン化されるべきではなく、所有欲と孤立が生む破綻として読む必要がある。[2]
本作は、刺激的な話題性だけでなく、性愛をめぐる表象、国家、配給、観客の欲望を同時に問い返す成人向け芸術映画である。日活ロマンポルノや日本のピンク映画という制度内の作品ではなく、アルゴス・フィルム、大島渚プロダクションらによる国際的な合作として成立した点も、映画史上の位置を考える手がかりになる。大島は密室を美しく、静かに、反復的に閉じることで、そこから排除された社会の規範を逆に浮かび上がらせた。観客は二人の感情に近づくほど、見ること自体の欲望と、誰が表現を管理するのかという問いから逃れられない。だから現在も本作は、成人向け表現をめぐる境界線を批評する映画として生き続ける。[1][3]
参考資料
作品情報は以下の資料を参照しています。
