日本ホラー名作20選 · 記憶を食べる家 · 1977

『HOUSE ハウス』は、映画そのものが化ける夜

大林宣彦の劇場用長編デビュー作『HOUSE ハウス』を、ポップな合成、跳ねる編集、戦争の記憶が交差する「家」の映画として読み直す。

『HOUSE ハウス』は、怪談の形を借りながら、映画という器そのものをお化け屋敷に変えてしまう。1977年の日本映画で、大林宣彦の劇場用長編デビュー作。父の再婚に戸惑う16歳のオシャレが、六人の友人と田舎の叔母の家へ向かい、家そのものの邪悪な生命に呑み込まれていく。[1]ただし、筋を先に並べても、この映画の手触りは届かない。大切なのは、少女たちが「現実」に入ったはずなのに、最初からスクリーンの内側でしか起きない夢に踏み込んでいることだ。入口から出口まで、映画館の暗闇そのものが屋敷の廊下になる。

映画がつくる悪夢

冒頭から「映画」と名乗って第四の壁を軽々と倒し、塗り絵のような空、キャンディー色の画面、せわしない編集を一気に差し出す。[2]マット合成、手描きアニメーション、画面内画面、コラージュが同じ平面で跳ねると、現実と幻の境目は消える。[3]合成は写実を補強するためではなく、写実から逃げるためにある。だから血の色さえ、恐怖の証拠というより、絵具が画面からこぼれた痕跡に見える。大林のカメラは屋敷を撮るのではなく、屋敷が見ている夢を撮っている。美術と特殊効果が「うまく隠れる」ことを拒み、手作りの継ぎ目を魅力として残すのだ。

この奔放さは、偶然の暴走ではない。BFIが紹介する経緯によれば、東宝は『ジョーズ』のような映画を求め、当時CMで知られた大林に声をかけたという。大林は娘・大林千茱萸の発想を取り込み、「少女を食べる家」という核を育てた。[2]広告の鮮やかさと実験映画の自由さが、劇場映画の枠で衝突した結果が『HOUSE ハウス』なのだ。商業映画デビュー作でありながら、完成された様式へ向かうより、撮れるもの、描けるもの、切れるものを次々試す。[1]その未整理さは欠点というより、観客を安全なジャンルの外へ押し出す推進力になっている。

リズムは、怖がらせるための沈黙より、驚きを休ませない方向へ進む。クンフーが動けば細かいカットが連射され、場面転換はページをめくるように、あるいは悪夢の階段を踏み外すように続く。[2]小林亜星とミッキー吉野の音楽は、少女たちの笑い声や屋敷の物音と交わり、恐怖を一つの感情に固定しない。[1][2]明るさと残酷さが同じ拍子で鳴るため、観客は怖がる前に笑い、笑った直後に置き去りにされる。静けさが訪れても、それは安心ではなく、次の異変を準備する空白だ。ここでの編集は物語を速める道具ではなく、感情の足場を崩す装置である。

夏の奥に残る記憶

羽臼屋敷は、少女たちが訪れる舞台というより、彼女たちの性格を映して形を変える共演者である。七人には、きれい好き、知性、空想、音楽、食欲などの特徴を示す呼び名が与えられ、童話の仲間のような輪郭をつくる。[2]その単純化された人物像を、池上季実子らの身体が大げさな身振りで引き受ける。[1]現実の少女を再現するというより、少女時代に貼られたラベルを、屋敷が一枚ずつ剥がしていくのだ。田舎の夏は避暑地の懐かしさではなく、都会の時間から切り離された、色と音の密室になる。少女たちの連帯も、仲良しの美談というより、同じ悪夢を別々の仕方で生き抜くための即席の形に見える。

それでも、この映画を奇抜な少女ホラーだけで終わらせたくない。BFIが指摘するように、底には、過去の出来事が現在へ反響する静かな哀しみがあり、戦争を経験した親の世代の傷が、無邪気な娘たちの夏休みに影を落とす。[2]尾道映画祭の紹介も、戦争未亡人の姿を、平和と繁栄に慣れた日本への反証として読んでいる。[4]だから屋敷が怖いのは、古いからではない。忘れたふりをした記憶が、ポップな色彩と笑い声をまとって戻ってくるからだ。大林はその重さを、説教や写実ではなく、笑えるほど鮮烈なイメージに変換する。『HOUSE ハウス』は、その戻り方まで映画にしてしまう。夢のように軽く、傷のように消えない。

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. HOUSE ハウス
  2. In praise of Hausu, the world’s most demented haunted house film
  3. House
  4. 『HOUSE/ハウス』

10eKokoroが書いています

台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

10eKokoroについて
10eKokoro's Dreamのサイトバナー:フィルムカメラ、ノート、コーヒーのある静かな机