『ゴッド・ギャンブラー III』(原題『賭俠2之上海灘賭聖』)は、超能力を持つ賭聖が叔父とともに1937年の上海へ飛ばされる、1991年の香港喜劇だ。王晶監督は賭博映画に時間旅行を重ね、周星馳の現代的な身振りを過去の世界へ投げ込む。時代のずれが、勝負の行方と別の面白さを生む。[1] [2]
1937年へ飛ぶ賭聖の身体
物語は、賭博映画の緊張を一直線に高めるより、現代の感覚と過去の街を衝突させる。周星馳の周星祖は、特別な力を持ちながら、周囲との関係では格好よく決まりきらない。その食い違いが、時間旅行を設定説明だけで終わらせず、人物の反応を楽しむ舞台に変えていく。[2]
王晶の演出は、超能力、上海の人間関係、賭けの大勝負を同じ勢いで転がす。場面が大げさになるほど、周星馳と呉孟達の掛け合いは深刻さを受け止めず、すぐ別の身振りへ返してしまう。筋をきれいに整えることより、次に何を返すのかを待たせるリズムが作品を支える。[1] [2]
その反射神経を象徴する笑いが、「サルの桃盗み(猴子偷桃)」という技を使う身体ギャグだ。[3]大げさな技名への期待を、急所をめぐる身もふたもない冗談へひっくり返す。[4]洗練された勝負の格好よさより、構えが崩れる意外さが前へ出る。このくだらなさを恐れない感覚が、超能力対決の厳めしさをほどいている。
格好よい勝負を、笑いへひっくり返す
一方、超能力と時間旅行が便利に働くため、賭けの駆け引きや歴史の重みは後景へ退く。勢いに任せた転換は粗さにも見えるが、真面目な構えが崩れるたびに、映画は新しい笑いの入口をつくる。整った物語を求めるか、俳優の飛躍を楽しむかで、魅力の受け取り方が変わる。
荒唐無稽な仕掛けを一つの教訓へまとめないところに、この喜劇の強さがある。歴史劇、賭博劇、超能力対決が互いを説明しきれないまま、俳優の顔と身体が場面を前へ押す。賭けに勝つ英雄の華麗さ以上に、格好よく決めようとしても笑いへ転がってしまう、人間の可笑しさが印象を残す。
参考資料
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