成人向けの題材を含む作品を扱う評論です。性的題材は映画史と映像表現の文脈から非露骨に論じています。
一九七八年十月二十八日に日本で初公開された『愛の亡霊』は、明治中期の農村を舞台に、夫婦と若い男の結びつきを怪談へ反転させる大島渚作品である。事件の輪郭だけを追えば、共同体の規範を破った男女が罪に追われる話に見える。しかし本作の面白さは、欲望を個人の内面に閉じず、風景、噂、労働、季節の循環へと拡張する点にある。日本の初公開日と監督名は作品資料によって確認でき、国際映画祭での上映年や後年の再上映を日本劇場公開年と混同してはならない。[2]
作品と時代
国立映画アーカイブが示す通り、本作は『愛のコリーダ』に続いてフランス資本と組んだ日仏合作であり、脚本・監督は大島渚、原作は中村糸子である。大手撮影所の外側で活動してきた大島にとって、海外との製作回路は日本の検閲や産業の停滞から距離を取る条件になった。一方で映画は異国趣味へ逃げず、明治農村の暮らし、徴兵を終えた男の帰還、警察の介入、近代化の気配を具体的な生活の時間へ織り込む。社会史を背景にしながら、人物を時代の説明役に固定しないところに、大島の批評性がある。[1][3]
撮影の宮島義勇が作る画面は、怪談映画らしい霧や逆光、深い黒を用いながら、恐怖を派手な超常現象に還元しない。人力車の車輪、古井戸の円、木立の奥行きは、同じ場所へ戻り続ける運動として配置される。車輪は労働と移動の道具であると同時に、生命と死、隠蔽と発覚の循環を告げる形になる。人物が画面の中心から外れ、霧や暗がりに包まれる瞬間、村の自然は背景ではなく、彼らの判断を押し返す能動的な空間へ変わる。美しい構図は出来事を飾るためでなく、逃げ場のなさを目に見える秩序として組み立てている。[1][3]
武満徹の音楽は、感情を盛り上げて観客を導くというより、画面の外から薄く浸透する気配として働く。風のうなり、木々のざわめき、鳥や虫の音、遠くの生活音が沈黙の間に入り込み、恋人たちの心理を説明する前に、自然そのものを不穏な共同制作者にする。大島が語ったように、本作の幽霊は装飾的な怪物ではなく、村人が世代を越えて抱える民間の想像力に近い。だから音は「現実」と「幻」を仕切らず、聞こえるものの総体を一つの世界として保つ。老女の語りが担う昔話の枠組みも、個人の犯罪を共同体の記憶へ移し替える装置になっている。[1][3]
構図・音・権力
せきと豊次の関係を、ただ抑圧からの解放として美化することはできない。せきには家事と家族を背負う役割があり、豊次には兵役帰りの不安と、村の秩序に馴染めない衝動がある。二人の親密さは選択の場を広げるように見えて、やがて夫、村人、警察、そして自分たちの恐怖を巻き込む。明治の農村に中央政府の制度が入り、巡査や新しい教育観が旧来の共同体を揺さぶるなかで、法と噂は別々の力ではなくなる。大島が警察役を滑稽な人物として描くのは、権力を軽く見せるためではない。笑いを経由するからこそ、命令と尋問の不条理がいっそう不気味に残る。[3]
物語は犯人探しの謎解きより、罪が記憶と身体をどのように占有するかを追う。古井戸は秘密を沈める穴であると同時に、外の世界から内側へ、現在から過去へ降りる通路でもある。せきの視界の変化は、真実を見れば救われるという単純な道徳を拒み、見えないものを抱えて生きる共同体の盲点を浮かび上がらせる。亡霊もまた、武士道的な復讐者というより、果たされなかった生活の続きを求める農民の影として現れる。最終的に怖いのは、超自然の罰そのものではなく、近代化しても消えない貧困、孤立、性別役割、そして語られない記憶である。『愛の亡霊』の怪談は、道徳の判決ではなく、抑圧された声が風景と音のなかで反復する批評なのである。[3]
参考資料
作品情報は以下の資料を参照しています。
