『CURE キュア』[3]は、松竹の作品データベースで1997年12月27日公開、監督・脚本=黒沢清と確認できる作品だ。[1] 東京近郊で起こる、胸にX字の傷を残す連続殺人。犯人たちは互いに無関係で、動機も手口の共通性も自覚していない。高部刑事は、記憶を失った青年・間宮との会話を手がかりに、事件の背後へ進む。[1] けれども、この映画が見つめるのは犯人の正体より、誰の内側にも空白があるという事実である。殺人の手口を手がかりに世界を整序しようとする刑事の仕事が、逆に、整序できない心の形を露出させていく。その反転が、本作を単なる猟奇サスペンスから遠ざける。
不安は、画面の隙間から
冒頭から画面には、事件を説明しきるための明るさがない。海岸、病院、取調室、住宅のどこにも、観客を安心させる中心が置かれない。[1] 曇った光は人物の輪郭を薄くし、壁や窓や廊下は、外界と心の境目を曖昧にする。間宮の声は大きくない。それなのに、彼が問いを返すたび、会話の主導権だけが静かに移っていく。『CURE』が恐ろしいのは、狂気が特別な場所から来るのではなく、日常の言葉の速度で忍び込むからだ。画面の奥にはいつも、誰も使っていない部屋のような余白がある。そこに視線を置いたまま、映画は観客の想像だけを先へ歩かせる。
その侵入を支えるのが、異様に急がないリズムである。東京国際映画祭の記事によれば、撮影の多くは「1シーン1カット」で、黒沢監督は一つのカットの流れの中で正気から狂気への変化を捉えようとしたという。[3] 長い会話は編集で気持ちよく整理されず、沈黙や視線のわずかな遅れまで残る。役所広司の高部は、怒りを爆発させる前から疲労をまとい、萩原聖人の間宮は、答えないことで相手の輪郭を浮かび上がらせる。[1] 二人の間にある時間そのものが、見えない催眠になる。編集は情報を隠すためでなく、情報が届くまでの不安を伸ばすために働いている。だから、次のカットを待つあいだにも、観客は自分の判断を疑い始める。
1997年という年も、この不穏さを遠い過去にしない。TIFFの記事は、当時のオウム真理教事件などとの誤解を避けるため、もともとの題名から『CURE』へ変更された経緯を紹介している。[3] 作品は宗教を説明するのではなく、社会のなかで誰もが自分の役割を演じながら、その役割からこぼれ落ちる瞬間を見せる。海外で本作を紹介するCriterionも、これを日本社会の崩壊を幻視する、不可思議で催眠的な連続殺人映画と位置づけている。[2] その言葉は、画面の寒々しい空気によく似合う。警察、医療、家庭という制度は人を守るはずなのに、ここでは境界線を引くほど、境界の外にあるものを育ててしまう。
切れ目のない静けさ
ここでいう「治癒」は、傷を塞ぐことではない。松竹の公式紹介が記すように、高部は催眠暗示の可能性を疑い、間宮がかつてメスマーの催眠療法を研究していたことへたどり着く。[1] しかし、映画は催眠を便利な謎解きの道具にはしない。むしろ、他人の言葉によって自分のなかの見たくない部分を聞かされる状態として描く。高部が捜査するほど、対象は外側にいる怪物ではなくなる。職業、家族、正気という薄い皮膜が、会話のたびにずれていく。治すべきものが個人の病なのか、病と呼ぶことで安心しようとする社会なのか、映画は最後まで決めない。その決めなさが、恐怖を一時的な事件から日常の倫理へと広げている。
音楽の旋律や殺人の直接的な残酷さを前面に出さず、空間と呼吸のずれで恐怖を育てる『CURE キュア』は、観客を驚かせるより、観客自身の判断を少しずつ疑わせる。Criterionが本作を「静かで催眠的な恐怖」に満ちた心理的緊張の映画と評するのも頷ける。[2] 見終わって残るのは、事件の答えより、無関係に見えた人々のあいだに同じ空洞が開いていた感覚だ。黒沢清はその空洞を埋めない。だからこそ、画面が暗くなった後も、日常の沈黙が以前とは違って聞こえてくる。恐怖を見せる映画は多いが、恐怖が自分のなかにもともとあったのではないかと、静かに問い返す映画は少ない。本作はその問いを、説明ではなく、時間と光と声の配置で残す。
参考資料
作品情報は以下の資料を参照しています。
