距離、沈黙、歴史の記憶 · 1989

悲情城市評——私たちのあいだにある部屋に刻まれた歴史

10eKokoroが、侯孝賢監督の抑制された台湾の家族史劇を読み解く。距離や沈黙、音、身ぶりを通して、戦後の歴史が人々の暮らしに染み込んでいく。

侯孝賢監督の『悲情城市』は、誰かがそれを名づける暇もないうちに、歴史がひとつの部屋へ入り込んでくるところから始まる。日本の植民地支配が終わった後の台湾を舞台に、国の支配者が移り変わるなかで、林家の人々と、家族であり続けようとする一つの家庭を追う。政治の激動を、教訓というより壁にかかる圧力のように感じさせる侯の手腕に、私は感嘆する。知らせが届き、言葉が移り変わり、忠誠を示すことが危険になっても、人々は食事を用意し、縁談をまとめ、帰ってこないかもしれない誰かを待ち続ける。

感情の地理としての建築

この映画の大きな視覚的アイデアは、距離だ。侯は戸口の向こうや中庭越し、あるいはテーブルの端に会話を配置し、同じ画面に顔を並べながら、たやすい親密さは与えない。こうした構図は美しいが、決して単なる装飾ではない。建築そのものが、登場人物たちの口にできないことを示す地図になる。ある人物に光が当たる一方で、別の人物は部分的に隠れたままのことが多い。まるで私的な感情は、断片としてしか姿を現せないかのようだ。家族を見つめながら、空間がいかに日常の沈黙を歴史の証拠へと変えていくかに、私は何度も気づかされた。

トニー・レオン演じる文清は、その沈黙に最も心を打つ形を与える。聾唖の写真家である彼は、身ぶりや書かれた言葉、視線、そして音響の途切れを通じて、周囲の暴力を経験する。レオンの演技は驚くほど身体的でありながら、ことさらに強調するところがない。頭の向きを変えることや、手を静止させることだけでも、思考が伝わってくる。複数の言語が交わる設定も重要だ。北京語、台湾語、日本語、広東語、上海語は、単に作品に彩りを添えるのではない。アイデンティティが、聞き取られ、翻訳され、ときに伏せられるものだと示している。

侯の音響設計も、カメラと同じように忍耐強い。遠くの列車、ラジオ、音楽の一節、人が集う場のざわめきは、映像が落ち着いた後も続くことがあり、世界はどの家族よりも大きいと感じさせる。映画は省略を信頼している。重要な出来事が画面の外で起こることもあり、その結果は説明ではなく、変化した振る舞いを通じて理解される。この抑制は観客を信頼する一方で、物語をつかみにくくもする。名前や人間関係、政治的な派閥が少しずつ積み重なっていくが、手取り足取り導いてはくれない。

沈黙が物語になるとき

私が気になるのは、『悲情城市』の進み方が遅いことではなく、感情を抑えた語りが、ときに主要人物さえ遠くに感じさせることだ。家族の枝分かれの多さと歴史の圧力が、個々の人物にとって何が懸かっているのかを曖昧にすることがある。とりわけ中盤では、いくつもの筋が輪郭を得るのを待っているように見える。それでも、この限界は映画の目的と結びついている。これは、整然と語りきれないほど大きな力に巻き込まれた人々の肖像なのだ。その冷ややかさにはもどかしさもあるが、苦しみを都合のよいドラマへ変えることも拒んでいる。

私の心に残るのは、記憶とは断片的にしか触れられないものから築かれる、というこの映画の感覚だ。一枚の写真、一通の手紙、別の部屋から聞こえてくる声。『悲情城市』は戦後台湾の歴史をひとつの視点に整えたり、一つの家族にすべてを象徴させたりしない。その代わり、不確かさを経験の一部として残す。その結果生まれるのは、観る者に多くを求めながらも、深く人間的な映画だ。歴史が、間や不在、そして伝え合おうとするか弱い営みのなかに感じられる。

参考資料

作品情報は以下の資料を参照しています。

  1. A City of Sadness (1989)
  2. A City of Sadness

10eKokoroが書いています

台湾出身で映画を愛するバリスタ、10eKokoroの映画ノートです。

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